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海外研究員レポート

移民と米国経済・社会

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049998

明日山 陽子

2007年9月

移民の国、アメリカ。1776年の建国以来、大量かつ多様な移民が米国経済・社会の繁栄を支えてきた。現米国ブッシュ政権は、一定の条件下で不法移民を合法化し永住権取得の機会を与える、新たに短期労働者向け就労ビザを創設する(通称ゲストワーカー・プログラム)などといった移民制度の改革に力を注いだが、2007年6月28日、同移民制度改革法案は上院で否決され廃案となった1。今回は、以下、米国における移民の規模や特徴を概観し、移民が米国経済・社会に与える影響についていくつかの分析結果を紹介する。

<米国における移民の規模とその特徴>

米国国土安全保障省(Department of Homeland Security)の2007年8月の発表によれば、 2006年1月時点で、米国には推定1,155万人もの不法移民が滞在している2。2000年以降、年間51.5万人のペースで増加し、2000 年時点の850万人から37%増加した。なお、同不法移民の数は、外国生まれの米国滞在人口(2,917 万人)から合法的滞在人口(1,762万人) を差し引いた残差として推計されている。メキシコからの不法移民が全体の 57%を占め、他の国を圧倒している(表1)。また、州別ではカルフォルニア州、テキサス州、フロリダ州などに不法移民が多く滞在している(表2)。

表1 米国の不法移民の出身国(2006年1月時点)

(単位:千人、%)

人数 シェア

全世界

11,550 100

メキシコ

6,570

57

エルサルバドル  510 4
グアテマラ 430 4
フィリピン 280 2
ホンジュラス 280 2
インド 270 2
韓国 250 2
ブラジル 210 2
中国 190 2
ベトナム 160 1
その他 2,410 21

(出所)米国国土安全保障省

表2 米国の不法移民の滞在州(2006年1月時点)

(単位:千人、%)

人数 シェア

全米

11,550 100

カルフォルニア

2,830

25

テキサス  1,640 14
フロリダ 980 8
イリノイ 550 5
ニューヨーク 540 5
アリゾナ 500 4
ジョージア 490 4
ニュージャージー 430 4
ノース・カロライナ 370 3
ワシントン 280 2
その他 2,950 26

(出所)米国国土安全保障省

不法移民はどのような仕事をしているのか。Pew Hispanic Center が 2006年3月に発表した報告書(Jeffrey S. Passel, "The Size and Characteristics of Unauthorized Migrant Population in the U.S."3)によれば、まず、2005年3月時点で米国の全就労人口1億4,800万人の 4.9%にあたる 720 万人が不法移民であるという。不法移民の 31%はサービス業に従事し、19%が建設業、15%が生産・設備・修理業に従事している。全就労人口に占める不法移民の割合が相対的に高い職業としては、農業(全就労人口の24%が不法移民)、清掃業(17%)、建設業(14%)、調理・飲食サービス(12%)、生産労働(9%)などが挙げられる。

次に、米国での永住権を取得した合法的移民のデータを見てみよう。合法的移民の規模については、米国国土安全保障省が 1820年以降の長期データを発表している(図1)4。2006年には127万人が新しく米国での永住権を取得した。これは、1992年以降で最大の規模である。出身国別では、メキシコが13.7%、中国が 6.9%、フィリピンが 5.9%、インドが4.8%、キューバが 3.6%と続く(表 3)。州別では、カルフォルニア州(20.9%)、ニューヨーク州(14.2%)、フロリダ州(12.3%)、テキサス州(7.0%)、ニュージャージー州(5.2%)の順となる。

図1 米国の合法的移民の推移(1820-2006)

(注)1990年付近の急増は1986年 Immigration Reform and Control Actによる未登録移民の合法化によるもの。
(資料)米国国土安全保障省ウェブサイトより作成

また、永住権取得のカテゴリー別では、米国市民の最近親者(45.8%)、米国市民や米国永住者の優先家族(17.5%)など家族関係を理由としたものが6割以上を占めている(表4)。合法的移民はどのような職業に従事しているのだろうか。家族の呼び寄せを理由とする永住権取得が多いために、約半数は無職または家庭内労働に従事し、その他の職業分布も不法移民とは異なり比較的多様である(表5)。

表3 米国で新しく永住権を獲得した合法移民の出身国(2006年)

(単位:千人、%)

人数 シェア

全世界

1,266 100.0

メキシコ

174

13.7

中国 87 6.9
フィリピン 75 5.9
インド 61 4.8
キューバ 46 3.6
コロンビア 43 3.4
ドミニカ共和国 38 3.0
エルサルバドル 32 2.5
ベトナム 31 2.4
ジャマイカ 25 2.0
その他 655 51.7
(出所)米国国土安全保障省

表4 米国で新しく永住権を獲得した合法移民のカテゴリー(2006年)

(単位:千人、%)

人数 シェア

合計

1,266 100.0

米国市民や米国永住者の優先家族

222

17.5

雇用  159 12.6
卓越技能労働者 37 2.9
知的労働者 22 1.7
専門職、熟練・非熟練労働者 90 7.1
米国市民の最近親者 580 45.8
難民 100 7.9
亡命 117 9.2
移民多様化ビザ 44 3.5
その他 44 3.4

(出所)米国国土安全保障省

表5 米国で新しく永住権を獲得した合法移民の職業(2006年)

(単位:千人、%)

人数 シェア

合計

1,266 100.0

管理・専門職

111

8.8

サービス 65 5.1
販売・オフィス 48 3.8
農林水産業 16 1.3
建設・保守・修理 12 1.0
生産・運輸・原料輸送 59 4.6
軍隊 0 0.0
無職/家庭内労働  582 46.0
主婦 163 12.9
学生・子供 323 25.5
退職者 10 0.8
失業者 86 6.8
不明 373 29.5

(出所)米国国土安全保障省

<移民が米国経済・社会に与える影響>

移民受け入れは、米国経済・社会にどのようなインパクトを与えるのか。以下、①移民と労働市場で競合する米国人労働者への影響、②米国経済・社会全体への影響について、主にハーバード大学の労働経済学者で移民の経済分析に詳しいGeorge J. Borjas教授の分析を中心に紹介したい。

①移民と労働市場で競合する米国人労働者への影響

筆者は8月27日にコーネル大学経済学部が主催する労働経済学ワークショップに参加した。そこで、Borjas 教授が Grogger シカゴ大学教授および Hanson カルフォルニア大学サンディエゴ 校教授と ともに執 筆した ”Immigration and African-American Employment Opportunities: The Response of Wages, Employment, and Incarceration to Labor Supply Shocks”(「移民とアフリカ系アメリカ人の雇用機会:労働供給ショックへの賃金、雇用、受刑率の反応」2007年2月)と題される論文について発表を行った5。移民と労働市場で競合する米国人労働者への影響に関する研究結果の一例として同論文を紹介しよう。

同論文は、1960~2000年の米国センサスのデータを使用し、移民の増加と黒人の賃金、雇用率、受刑率の相関関係を調べた。その結果、Borjas 教授らは移民が増加したスキルグループ(教育程度や就労経験年数で分類)では、黒人の賃金および雇用率が低下、受刑率が増加するという強い相関関係を見出した。回帰分析の結果によれば、移民による10%の労働供給増加は、そのスキルグループ内の黒人の賃金を4.0%低下させ、同雇用率を3.5%ポイント低下させ、同受刑率を0.8%ポイント増加させる。一方、これが白人では、4.1%の賃金低下、1.6%ポイントの雇用率低下、0.1%ポイントの受刑率増加と黒人に比べ移民増加の影響の程度は小さい。ただし、移民の増加は、黒人の賃金と雇用率の低下、受刑率の増加の一要因ではあるだろうが、たとえ移民の増加がなかったとしても、そうした黒人の雇用環境の悪化の傾向は見られただろうという留意が付け加えられている。

この研究結果に見られるように、移民と労働市場で競合関係(代替関係)にある労働者は、移民の増加によって、賃金の低下や就労機会の削減、その結果としての犯罪率の増加などといたマイナスの影響を受けることが推測できる。

②米国経済・社会全体への影響

一方、移民の増加が米国経済全体へ与える影響は、マイナスとは限らない。上述のとおり移民と労働市場で代替関係にある労働者がマイナスの影響を受ける一方で、移民と補完関係にある労働者、移民の低賃金労働による製品価格低下の恩恵を受ける消費者、少なくとも短期的には低賃金労働の活用で利益増の恩恵を受ける雇用主などは、移民の増加によってプラスの影響を受ける。その他、移民の納税や社会福祉サービスの受給状況、移民政策にかかる費用、犯罪率や安全保障との関係、地域コミュニティでの共存問題など、様々なプラス・マイナスの影響を考慮し、最終的に「プラスの影響-マイナスの影響」ではじき出されたものが、移民が米国経済・社会全体に与えるネットの影響ということになる。

米大統領経済諮問委員会(Council of Economic Advisers :CEA)は、2007年6月20日、“Immigration's Economic Impact”(「移民の経済効果」)と題される報告書を発表した6。同報告によれば、移民7は米国の生産性向上や技術的進歩に貢献する。移民は米国のGDPを年間300億ドル以上増加させるプラスの経済効果をもつ(単純推計ではGDPの0.28%にあたる年間 370億ドルのプラス効果、労働者のスキルや特性などを考慮に入れた別の推計では年間 300 億~800億ドルのプラス効果)。また、その他、米国の財政に与える長期的な影響はプラスである可能性が高い、多くの移民は起業家である、移民は米国人に比べ犯罪率が低い、などをいった既存の調査・研究結果を紹介している。

なお、同報告は、移民制度改革法案の上院での採決直前に発表されたもので、法案成立を目指すブッシュ政権が、移民が米国経済にプラスの影響をもたらすことを強調する目的で作成したレポートであると思われる点に注意する必要がある。

また、同報告をどう解釈すべきかについては、前述のBorjas教授が自身のブログにていくつか留意点をあげている8。まず、Borjas教授は移民が米国経済に与えるネットの影響はプラス300億ドル程度であることに賛意を表明した上で、①300億ドルというネットのプラスの効果の裏には、GDPの2.7%にあたる 3,500 億ドルもの米国人労働者の雇用所得低下があること(ただし、雇用主にとってはプラスの効果がある:“移民余剰”300 億ドル+米国人労働者の雇用所得低下3,500億ドル=雇用主の利益増加)、②300億ドルのプラスの効果はあくまで短期的なもので、長期的には移民増加によるプラス・マイナスの効果ともゼロになること、③300億ドルのプラスの効果から公的サービスの提供コストなど財政的な損失を控除する必要があること、④米国人労働者の雇用所得の低下が大きいほど、移民のネットのプラスの経済効果が大きくなるという皮肉な関係にあること、に留意すべきであるとしている。

<おわりに>

筆者が米国に来て1年3カ月が経過するが、今だに「平均的アメリカ人とはどんな人な のか」と尋ねられると答えに窮する。筆者が人口3万人程度のイサカ市に位置すつコーネル大学という特殊な環境に身を置いている点を考慮する必要はあるが、それでも米国には本当に多種多様な人々が共存しているのだと日々実感している。“平均的”アメリカ人という言葉があまり意味をなさない国であるように思う。このように、過去から現在に至るまで世界中から多種多様な人々を引き付け発展してきた米国にとって、移民問題は米国という国のあり方を左右する非常に重要な問題であるといえるだろう。単に、ネットでプラスの経済効果があるかどうかを単純に計算するだけでは足りず、国内の様々なグループに与える影響、移民がイノベーションに与える影響、治安や安全保障の問題、コミュニティでの共存問題、そして将来のアメリカ人のあり方など、多面的に考慮する必要があるだろう。


脚注
  1. 移民制度改革法案否決の経緯や法案の概要については、独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JIL)の 2007年8月記事 「米国上院、包括的移民制度改革法案を否決――その経緯と背景――」 (http://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2007_8/america_01.htm)および、 White Houseウェブサイト (http://www.whitehouse.gov/news/releases/2007/06/20070627-12.html)参照。同法案が廃案になったあと、ブッシュ政権は既存の法律の枠内で、移民制度の改革を継続する意向を表明している (http://www.whitehouse.gov/news/releases/2007/08/20070810.html)。
  2. http://www.dhs.gov/xlibrary/assets/statistics/publications/ill_pe_2006.pdf参照。
  3. 同報告は、http://pewhispanic.org/reports/report.php?ReportID=61にてダウンロード可能。なお、同報告書の推計値は2005年3月のCurrent Population Surveyに基づく。
  4. 合法移民のデータについては、以下の米国国土安全保障省ウェブサイトを参照。 http://www.dhs.gov/xlibrary/assets/statistics/publications/IS-4496_LPRFlowReport_04vaccessible.pdf http://www.dhs.gov/ximgtn/statistics/publications/LPR06.shtm
  5. 同論文は、次のサイトからダウンロード可能。http://www.arts.cornell.edu/econ/seminars/borjas.pap.pdf同様のペーパーはNBER のウェブサイト(http://www.nber.org/digest/may07/w12518.html)からも入手可能。
  6. 同レポートはhttp://www.whitehouse.gov/cea/cea_immigration_062007.htmlにてダウンロード可能。
  7. 同報告書では合法・不法移民問わず、外国生まれの米国在住者を移民として扱っている。
  8. http://borjas.typepad.com/the_borjas_blog/2007/06/no_pain_no_gain.htmlおよび http://borjas.typepad.com/the_borjas_blog/2007/06/an-oddity-in-th.htmlを参照。